2016/05/19

池田の相対革命?

画像

2016年5月16日 目覚めよ日本!!国家権力犯罪周知活動報告

この日もいつものように街宣してまいりましたが、午前中あまりにも天気が良かったので、安心し雨の準備を持って行かなかったので夕方からの金沢駅の街宣は3時間の予定でしたが2時間で切り上げました。
昼の街宣の武蔵町では共産党の街宣を鉢合わせでやっていました。
共産党は3の付く日とか言っていたのに、平日の月曜日の街宣に事前に警察から許可を取ってやっている私の街宣に合わせる必要も無いはずだが忙しい限りだ。




●池田の相対革命


最近.、拍手が少ないような気がしますが、やはり宗教の事を出した事に共感性を失ったのでしょうか?
元々拍手を求めてやっている戦いではありませんが、相手を知る創価学会と云うものを知らなければ、戦いようもないとおもいます、相対革命なのか?総体革命なのか?
知らなければ、、ただでさえ被害妄想の強い我々被害者にとって重要と考えます。

その点私のように、顕正、正宗と創価と敵対関係に属し、幹部としても上の方から見てきた者は、一般被害者と違い、創価学会がの犯罪の加害者だとすると拍子抜けしてしまいます。
我々の感覚からしますと、創価はピークを過ぎ下り一方の組織です、海外での布教活動は南米等の発展途上国が多く、
信者から上がってくる供養金は、たかが知れているでしょう。
池田は逆にそんな国に金をばら蒔き、その国の要人と会い勲章や学位を貰い悦に入り、学会員には池田名誉会長は、こんな世界の偉い人と会い平和について話をしている、我々も頑張らなければという印象を聖教新聞で与え続けて来た分けで、会員の血税を湯水の様に使い、世界の要人のご機嫌取りをしていたのです。
池田が有一世法上で成し遂げたのが日中友好でしょう。
戦後途絶えていた中国との関係を田中角栄と周恩来で結んだ日中友好です、中国は太平洋戦争後、貧乏で今の中国とは想像もつかない状態だった。
戦後毛沢東の文化大革命により疲弊していた中国だったが、今の北朝鮮のように貧乏だが一応戦勝国として、核実験をし核保有を
目指していた、この時東京オリンピック開催に合わせて中国は水爆実験を行った。
そんな時池田は中国共産党に橋渡しをし、日中友好を結んだのだ。
これは宗教団体当時日蓮正宗であるが、これは一般人が見ると良い行いをし歴史に名前を残した等と思われるかもしれないが、実際残したのは田中だが、池田のお膳立てがあったのだ。
しかし日蓮大聖人の仏法を実践する上で日中友好は何の意味もないどころかおかしな話である。
そして現在の中国の台頭と勃興を見る時、池田創価はあやかりたいのは山々だろうが、日本に対して反日教育をし日本を仮想敵国扱いで尖閣諸島を覗う今の中共は、日本にとって友好国と言えるのだろうか。

所詮仏法者が、余計な世法との迎合を図った結末と言わねばなりません。

日蓮大聖人は弟子に日中友好しろとは言っていません、しかし「日本乃至漢土月氏一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に
他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし(報恩抄)」と仰せですので、仏法有縁の漢土(中国)月氏(インド)には折伏をして行く順番としては上げていられます。
これも日本の広宣流布が肝心で、その後中国、インド、全世界という順番です。

ここでも池田の我が身の功を上げたい心が現れています、それをするなら日蓮正宗信者を利用せずするべきだ。
このような仏法信者が世法との迎合により、真の日蓮大聖人の教えから反らして行ったのは、それに連なる末端学会員を巻き込んでの事である。

池田は、まず勤行をしていません。
これだけで日蓮大聖人の弟子でもなんでもありません。

そして皆さまも少しは知っていると思われる「人間革命」等という著書を書いた。
自身の自伝のようなものだが、ここでも池田の性質が顕れている、革命という言葉を使用した事だ。
日本に於いては、革命というものは歴史上一回も無い、革命というのは日本で言えば天皇を殺して新たに天皇になる事を意味する。
そのような考えを日本では用いない。
池田の著作を見ると西洋かぶれ的であり、ニーチェがどうしたとか文学者気取りで書いたものも多い。
相対革命?相対性理論まがいの池田の個性から出た名称だとは直ぐに分かる。
ですから被害者の皆さん、創価の相対革命など雰囲気だけのもので決して意味のあるものではありません。
そのようなものに惑わされる学会員も学会員だが集スト被害者は、今後これらの創価の根も葉もない理論や革命論の空論に畏怖を覚える必要はありません。
その池田も亡くなられたのか?
それを引き継ぐ者には何の信念もないのだから、時間の問題で消えて無くなる相対革命と言えます。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント